日々の生活の中から、かわいいこけしのお話をちょっとずつ...
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列車で一緒になったおじさんを思ふ

震災から二週間が経過しようとしています。

津波の被害に遭われた、沿岸地域のあまりの凄惨さに、
今も胸を痛めています。

昨秋、鳴子行きの列車で、
私の向かい席に座られていたおじさんも、気仙沼の方。
(たまたま出されていた切符を見てわかった)

聞きなれない、独特の訛り言葉。
正直、最初はおじさんの話されている内容を理解するのに時間はかかったけれど、

次第に、理解ができるようになった。

心もぽかぽかになった。

おじさんは鳴子温泉駅の向こうの、中山平温泉に向かわれていた。
よく行かれている旅館との事。
持たれていた大きな手土産らしき物は、お宿の方に渡されるんだろう。

おじさんの職業はわからないけれど、
漁師や農家の多い気仙沼方面の方は、
閑散期に、湯治目的で鳴子にいらっしゃるという事実を、
当日お世話になったお宿の女将さんから教えていただいた。

言われてみれば、
「あんたんとこの親は百姓か?」と尋ねられ、
住宅団地に住み、サラリーマン家庭で育った私は、少しびっくりしたけれど。。。

おじさんもきっと、漁師や農家の方と同じように、湯治に行かれているのかなぁ。

同じ宮城県内でも、気仙沼から、山形県寄りの中山平温泉までは、
地図を眺めている限りでは、気の遠くなるような距離。

もとは自家用車で中山平まで行かれていたけれど、
病気を患われてからは、時間をかけて、乗り換えをして、
列車で行かれるようになったのだそう。

そういえばあの日、早朝に気仙沼を出発されたと言われていたなぁ。


おじさん、無事でいらっしゃるのだろうか。

鳴子温泉駅を降りた時、おじさんは列車の出発まで、
席を立たれてまで、私を見送ってくれた。

切符が見つからず、ベンチであたふたとバッグの中を探していた私を、
窓越しから、心配そうに見守って下さっていた。

列車の出発の直前に、切符が見つかった。
場所は、バッグの底に......なんとドジな私。

列車がホームを離れてからも、
おじさんはずっと座らず、私を見守って下さった。

小牛田から陸羽東線に乗り換えて、鳴子温泉駅までの1時間の列車の旅は、
人との触れ合いがこんなに温かいものという事を、
おじさんから教えられたような気持ちになりました。

おじさん、どうかご無事でいて下さい。

鳴子行きの列車で、またお目にかかれますように。

毎日、お祈りしています。

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